昭和62年の夏にウィンドサーフィンの大会など種々のイベントの一つとして福江市観光協会が事務局となって、福江市、福江商工会議所の3者で立ち上げた「太陽の島・五島フェスティバル」の一行事であった。当時、夏場に走る場合は高冷地か、北海道のような寒冷地が当然で、しかも一般のジョギング愛好者は夏は走らないのが普通であった。ハーフマラソンと5キロの2コースで始めたレースはゴールが真っ暗の中で約70名が完走。以後ジョギングブーム、夏のオリンピックマラソン開催、西日本地区で夏のハーフ大会が少ないことなどに加えて、名称がロマンチックなこと、沿道の応援か素晴らしい、給水所のスイカがよい、ゴールの写真付き完走証、ゴールのタオルかけ、五島牛試食会の評判など口コミ効果もあり、参加者が1.5倍のペースで増え続け、平成16年の18回五島列島夕やけマラソンの参加申し込みは2000名を越えた。現在、平成17年春発表『ランナーズ』誌で全国の100選に7年連続選ばれている。この下地が、平成13年(2001)から実施しているアイアンマンジャパントライアスロン五島長崎の開催につながった。